約束の時間の10分程前満腹不動産に連れられた買主が事務所に現れた。

「先生、こちら今日の取引物件の買主さんです。」型通りの紹介が終わった頃売主側一行が到着した。

 売主は佐木野明人と書いてある名刺を日間名達に渡しながら、今朝の飛行機で大阪から飛んで来たと云った。そして今日早いうちに帰阪しなければならないので早く手続きを済ましてくれるよう日間名に催促した。

「それでは昔さん、只今から始めます。」

 日間名はイベントの開会宣言の様にその場の全員に向かって発した後、今日取ってきた謄本をテーブルの上に開示し、買主、売主双方に向かって云った。

「これは今朝法務局で発行されました登記簿謄本です。」

 日間名は、物件の表示、甲区欄、乙区欄を一通り読み聞かせ本日の決済手順を説明し確認した。

「それでは売主さん、権利書と印鑑証明書を拝見させて下さい。」

 日間名の求めに応じ、売主はアタッシュケースの中からそれらを取り出し、日間名の前のテーブルに押し出した。彼は印鑑証明書を手に取り謄本との照査を始めた。

<住所…よし、氏名…よし、発行日…よし>彼は印鑑証明書を点検した後権利書を手に取った。

 
開いたプリーフケース
 

 その時彼はいつもとは違う感触に、一瞬慎重になった。通常権利書は司法書士の手によって作られるのが大半なのである。したがって権利書を綴り込む表紙は司法書士事務所名が印刷してある表紙で綴じてあるのが一般的であるのに今ここにある権利書は市販の書式セットに付いている表紙で綴じ込んであった。日間名は権利書の表紙をめくって中身を調べることにした。まず、それの最後に押してある登記済の受付年月日と受付番号を確認した。謄本と一致している。普段はそれが一致していればあまり細部に渡って点検しないのであるが、今日に限っては何となくフィーリングが合わないのか、この権利書の最初から目を通すことにした。

<登記の目的、権利者…、義務者……>ここまで目を通した時、彼は奇妙な感覚に囚われた。

<義務者…F市大字A町45番地〉謄本の前所有者欄を再度チェックしたが同じ住所であった。(F市大字A町45番地)確かこの地区は住居表示が実施されている筈だが…。日間名の脳裏には少しずつ疑惑の念が膨らんでいった。彼は何か手掛かりになりそうなものを見つけるべく今度は入念に権利書を調べた。それの末尾に司法書士の職印が無いところを見ると司法書士の手に依ったものでないと判断される。又一見して素人っぽい作りからもそれが分かり得るが、だからといって義務者の住所以外は疑念を追及するものはない。彼はもう一度謄本に目をやった。が、やはり住所変更の付記登記はない。

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