「先生から言われた書類、売主さんに揃えてもって来て頂いてますので、確認して下さい」この場に居合わせた取引関係者が、それぞれ名刺交換をした後、仲介業者の満福不動産の社長が、日間名にうながした。
 銀行の狭い応接室での取引である。日間名は言われたとおり売主の書類に目を通している。
 「いやー、前もって先生に教えてもらって良かったですよ。何しろ売主さんの中に、未成年者が居る取引は初めてでしたから、何か不安な気持ちだったのですが……」
 満福不動産が言うとおり、この件につき事前に相談を受けた日間名は、未成年者は単独で法律行為が出来ないこと、両親が親権者として未成年者に代わって売買手続きをすること、そのために全員が記載されている戸籍謄本と住民票、それに両親の印鑑証明書を用意するように指示していたのだった。
 勿論、取引当日は両親が二人とも出席するように言い含めていたのである。
 「買主さん、この日間名先生は司法書士歴20年以上のベテランの先生ですから、大船に乗ったつもりで安心して頂いて結構ですよ。当社は、いつも日間名先生にお願いしているんですよ。それに何て言ったってこの銀行の顧問的な先生で、もう、この銀行は日間名先生オンリーなんですよ。それだけ先生に対する信頼が厚いということでしょうね。司法書士さんの中にも、いろんな人が居ますが、日間名先生みたいにテキパキと要領良くやってくれる人は、私はあまり知りませんね。今流行の格付けをするとすれば、トリプルAの先生ですよ。」
 満福不動産は当然のことながら、この取引が何の障害もなくスムースに行くことを願っているのであろう、日間名をほめることによって買主に安心感を与えているのである。

 
 
 

 勿論、それは日間名にとって、こそばゆくはあっても、嬉しくなかろうはずはなく、自分が少し偉くなったような気さえしたのである。日間名は満福不動産のほめ言葉を心地良く聞きながら、売主から手渡された書類に目を通していた。と、その時、書類を繰っていた日間名の目が、ある一点で固定された。名義人の未成年者が、養子縁組で両親の戸籍から除かれているのである。
 提出された書類の中に、養子先の戸籍謄本も存在している。
 どうやら、相続税対策であろうか、父方の祖父母と養子縁組をしている。
 (ありゃりゃー、養子にでた未成年者の法定代理人は……?)
 日間名は、遠い昔に勉強した民法の条文を思いだそうと記憶をめぐらせた。
 「売主さんの書類はそれでよろしいですね、それでは先生、抵当権抹消の書類も持参して頂いてますので、そちらの方も確認して下さい。」
 満福不動産に促されて、抵当権者が、抹消書類を日間名の前に差しだした。
 日間名は、その書類を手に取り確認している間も、法定代理人が実親なのか、養親なのか、あるいはどちらでも良いのか、思いだそうとしていた。
 「抹消書類はそれでよろしいですね?」
 満福不動産が声をかけた。
 「あっ、それからさっき出すの忘れていましたが、売主さんの住民票です」
 満福不動産の社長は、これが最後とばかり住民票を日間名に渡した。それには両親と未成年者が、同一世帯として登載されていた。

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