[2025/01/08]
日本高齢者虐待防止学会第20回千葉大会取材レポート
令和6年9月14日(土)午前9時30分から、日本高齢者虐待防止学会の第20回千葉大会が淑徳大学千葉キャンパスにて開催されました。
このレポートでは、「虐待防止の取り組みの成果と課題:虐待対応の連携をめざして」をテーマとする第20回大会企画記念シンポジウムの内容を報告します。本シンポジウムは、児童虐待、障がい者虐待、高齢者虐待についてそれぞれの現状と課題を報告し、連携と共通課題を議論しました。シンポジストとして、児童虐待領域からは淑徳大学教授・柏女霊峰氏、障がい者虐待領域からは日本障がい者虐待防止学会理事長・小山聡子氏、高齢者虐待領域からは日本高齢者虐待防止学会理事長・池田直樹氏が登壇され、淑徳大学教授・鈴木敏彦氏がコーディネーターを務めました。
まず、前半に行われたシンポジストの方々による現状の報告にについて、特に印象に残った部分をお伝えします。
柏女氏の報告によると、虐待される子どもの人数は、全国統計が開始された1990年度には1101件が記録されましたが、2020年度には21万9,170件と30年間、前年比増で推移しています。1番の問題として、地域子育て家庭支援と社会的養護をつなぐシステムの弱さを挙げました(社会的養護とは、保護者のない児童や、保護者に監護させることが適当ではない児童を公的責任で養育し、また、養育に大きな困難を抱える家庭を支援することをいいます)。社会的養護は都道府県を中心に責任を持つ仕組みになっているのに対し、地域子育て家庭支援は市町村が責任を持つという仕組みになっています。つまり、担う地方公共団体の責任の所在が違うことで、連携が不十分となり、この隙間に落ちて十分な支援が行き届かない子どもたちが後を絶たないというのが、児童虐待の構造的な最大の課題と考えられるとのことです。
小山氏は、日本障がい者虐待防止学会では、現在、施設従事者虐待に力点を置いて調査を進めていることを報告しました。調査の結果、意思能力や判断力に制約が多い人が虐待されやすいと考えられるとのことです。そこで、障がい者の虐待防止に向けた提案として、自治体間での対応のばらつきの解消、虐待防止に向けた組織的な対応、訪問調査の徹底などが重要な要素として強調されました。
池田氏は、高齢者虐待の実態として、主に家庭内虐待と施設内虐待の二つの場面で発生していると報告しました。家庭内では家庭内自治が原因で介入が難しく、家族内で権力の強者が弱者である高齢者を支配するケースが見られます。一方、施設内では、介護ビジネスが効率を重視することが背景となり、職員の自己肯定感の不足や仕事の効率化が虐待に繋がるとのことです。他国の取組みも紹介され、中国では虐待者を処罰することで防止を図っていますが、日本では虐待を刑罰で対処するのではなく、家族内での介護や支援体制を強化する方向が重視されているとのことです。
後半は、前半の報告を踏まえて各シンポジストが話を掘り下げます。こちらも特に印象に残った部分を報告します。
柏女氏は、虐待は複数の要因が重なり合って起きる問題であり、特に職員の待遇など構造的な問題が背景にあることに注意すべきだと指摘しました。前半でも触れたように、児童虐待への対策は、都道府県と市町村の二元体制に分断されています。よって、高齢者虐待や障がい者虐待とは異なり、包括的かつ切れ目のない支援が難しいとされます。そこで、分野を横断する支援として、児童福祉、障がい者福祉、高齢者福祉の分野が連携して支援を行うことが重要と述べました。
小山氏は、虐待行為は、年齢や障がいの有無で分けることができないことを再認識し、虐待者の置かれた状況を構造的に理解することが重要だと報告しました。虐待は犯罪までのグラデーションとして捉え、日常における被支援者に対する適切な対応から不適切、さらには犯罪に至る過程が繋がっていると考えられるとのことです。また、施設で虐待が起きた場合の報道のあり方についても言及され、虐待が発生した後の立て直しを報道することが重要であり、組織内での心理的安全性を確保する取り組みとして、報道との連携も大切だと述べました。
池田氏は、高齢者、障がい者、子供は、社会的に弱い立場にあるとし、彼らの意見や希望を社会が十分に汲み取ることが重要だと報告しました。例えば、介護現場では、施設が一方的にスケジュールを決定することが多くあります。しかし、利用者の希望を聞き、その人らしさを尊重して、柔軟に対応することが必要です。また、高齢者や障がい者支援の現場で働く人々のやりがいや社会的評価を高める方法として、早い段階からの福祉教育を挙げられました。小学生や中学生向けの福祉教育を強化し、社会全体の理解を深めることが、啓もう活動に繋がるとのことです。
たとえば知的障がいを持つ方が、高齢である親と自身の子を自宅で虐待していたが、本人もまた通所先の施設で職員から虐待を受けていたという場合、3つの領域にまたがって虐待が同時に生じている状態といえます。シンポジウムでは、虐待に対する制度・体制が3つの領域で異なるため、このような同時に起こる虐待に横断的な支援を行うことができないことを何度も問題視されていました。
3つの虐待が同時に起こりうるという事実に、私は大きな衝撃を受けました。令和5年8月、リーガルサポートは、公益目的事業に未成年後見に関する事業を加えることにつき、内閣総理大臣から認定を受けました。つまり、日々の業務の中で、高齢者、障がい者、児童の3つの領域に関して、虐待の問題と向き合う可能性があるということです。虐待に関して、通常の業務の中で向き合うことは多くありません。しかし、シンポジウムをきっかけに、他人事としてではなく、知見を広げていくことが、虐待防止に向けた支援体制づくりの一助になるのではないかと考えます。