「オーケー、これで全て準備完了です。今からテスト出力をしますので、これで最終確認をして下さい。」 取引当事者は、テスト出力された事項に目を通し、全てが間違いないことを確認した。 「それでは今から決済ボタンを押します。」 ややもったいぶりながら日間名は、ここに居合わせた当事者全員に告げ、ボタンを押した。彼はこの瞬間が何とも言えず好きであった。約10秒後に決済完了の画面が表われると、今日の取引内容と全てを印刷して売主、買主双方に渡し、この決済は終わったのである。 それにしても、便利になったものだ。昔は売主本人の確認、意志の確認はもちろん、住所、氏名の表示の相違や、印鑑証明書と実印との照合、その印影の鮮明さかげんに神経を使っていたものだが。 今では、仮に売主が出頭しなくても、コンピュータとテレビ電話のやり取りでことは済んでしまう。 住所変更なども、市役所に移動届を出しさえすれば、全国各地の所有物件の登記名義人の表示が自動的に変更になるのである。さらに印鑑証明書の制度も廃止され、今や印鑑の写りに気を使う必要もなくなった。それに、登記済権利書もなくなったので、保証書などの問題も当然発生しなくなったのである。 |
「日間名は今は遠くになった昔のことを回想しながら、いつの間にか心地よい眠りに入っていった。 真冬とはいっても、それを感じさせない快適なオフィースである。 甘いハーブの香りが、体に心地よい刺激を与えている。しかし、気のせいなんだろうか、時々体をさすような空気も、どこかで感じるようだ。 遠くで、若い女性秘書の声が聞こえて来る。そうだ、後の取引があったのだ。だが、まだまだ時間は大丈夫だろう。この心地よさから抜け出すには、少々勇気がいるものだ。と、そこへまた、声が聞こえてきた。何か先ほどの声の調子とは違うようだ。 その声は、だんだん大きくなってきた。 「あんた、さっきから呼びよろうが・・・。」 「もう、正月は終わったっちゃけん、しっかり仕事してよ。何ね、何の夢を見よったか知らんけど、ダラーとよだれなんか流して。今年こそは、パソコンを買うけんそのつもりで頑張ってね。」 気がつくと、日間名の古女房が呆れた顔をして文句を言っている。 日間名は古女房の顔を見るや、夢からさめたことを後悔した。 出来ればもう一度夢の中へ戻り、若い女性秘書の声を聞きたいと、目をつぶったのであるが、それは所詮むだな足掻であった。 3/3 |