4月30日(木) 晴

 サポートとして残る藤田さんが昨夜から朝食の準備をしてくれた。炊事は雪を溶かして水を作るので非常に時間が掛かる。4時15分、テントを出ると一面の星空である。気温(−7℃)の割にはあまり寒さは感じない。人工の光のない世界にはこのように沢山の星があるのかと改めて思った。朝早い出立は体も硬くなんとなくぎこちないが、雪稜を登り、氷河に出た頃には体も解れ、雪面を渡る風が頬に心地よい。

 氷河を渡り終えて、岩稜を越え上方の雪稜に取り付いた。ここまでは昨日偵察済みである。昨日のトレースを登り終えるとその上にフィックスザイルがあった。昨日ヤンプーとプルパが残って工作してくれたものである。このあたりまで(5400m)来るともう体の動きが鈍くなる。キツイと言うことではないが、一呼吸に一歩のリズムになる。

 C‖から3時間ほど歩いて第1回の中食を摂る。意識して小刻みに食物を取るよう心がけた。

 

 

 

  頂上を目指して        

 

 頂上へ

 

 

 
  雲がわく無名峰
 

 天気は申し分ない。空には一片の雲もなく、蒼く吸い込まれそうな空に向かっての急登が続く。実際は40度位かもしれないが、白一色の斜面が天井を見上げるような感じで上に伸びている。この急登を終わると北東山稜に出た。正面には緩い尾根上に大きな懸垂氷河の末端が見える。

 キャンジンゴンパからも見える大きな氷塊である。太陽の光量により様々に輝きを変えていたセラック(氷塔)が今目の前に聳え立っている。カトマンズで宿泊したシェルパホテルの部屋の一室が宝石店であった。三月の誕生石がアクアマリンである。澄んだ水色の小粒の石がキラリと光っていた。今目の前に朝の光を受けた巨大な氷解が同じ色で輝いている。

 氷塔を左から回り込むと傾斜が緩やかになり頂上が間近に望める平坦な尾根上に出た。ここまでくると頂上は近い。頂上に近づくと、これまでずっと先頭に立って道を拓いてきたヤンプーとプルパが私たちに先頭を譲った。

 C‖を出発して8時間15分東山稜と北東山稜が出会う東峰に立った。2年掛かりで目標としてきた山である。風と雪が造り上げた小さなピラミッドの上に二人立てるだけの足場を作り立った。360度見渡す限り重畳と続く山また山の波である。すっかりお馴染みになったランタンリルン(7245m)を初め、ガネッシュヒマール(7401m)やチベットのゴサインタン(8027m)、ジュガールヒマールのドルジェラクパ(6973m)と今まで地図上で確認してきた山々が目の前に広がっている。

 私たちは恵まれていた。今年のヒマラヤ一帯は天候が不順で積雪も多く、幾つもの登山隊が諦めて下山している。僅か5800m強の、ヒマラヤでは小さな山であるが天候が悪ければ登ることは出来ない。今日は早朝から満天の星に見送られテントを後にし、動きは鈍く歩行も捗らなかったが常に蒼空の下にあり、風さえもまったくない。何という幸運であろう。一山さんも私もヤンプーもプルパも最上の顔をしてカメラに収まった。40分があっという間に過ぎた。

 

 頂上        

 左プルパドルチ、右ヤンプン

 

 頂上にて

 左、一山

 

 

 疲れていてもやはり降りになると早い。急坂は昨日工作したフィックスザイルを利用してアプザイレン(懸垂下降)で下るが氷河に降りた頃には疲労は極限にきているようであった。もう終わったという安堵感があるのかもしれない。氷河上も決して安全な場所ではないのであるが体の動きは悪い。

 テントを出て13時間後の17時10分、C‖に帰り着いた。藤田さんがお茶を沸かして待っていてくれた。

 

下山
 
  
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