[2024/08/01]
『成年後見人のための税務Q&A』レポート
『成年後見人のための税務Q&A』レポート
令和6年5月18日、天神クリスタルビルにおいてリーガルサポート福岡支部の総会前研修会が開催され、第2講では、元国税局職員で、現在はその豊富な経験を生かして東京税理士会所属の税理士としてご活躍されている富樫太先生を講師にお招きし、成年後見人等として業務を行う上で知っておきたい税金の話についてご講演いただきました。
初めに、最高裁判所事務局家庭局の調査による令和5年(1月~12月)の成年後見関係事件の概要についてのお話がありました。
成年後見関係事件(後見開始、保佐開始、補助開始及び任意後見監督人選任事件)の全国の申立件数は40,951件です。令和元年の35,959件から5年で5,000件近く増加しています。
申立人と成年被後見人(以下「本人」という。)との関係については、市区町村長申立てが全体の23.6%を占め、次いで本人22.2%、本人の子20.2%の順となっています。
開始原因の割合については、認知症が最も多く62.6%、知的障害9.9%、統合失調症8.8%となっています。
本人の男女別・年齢別割合でみると、男性43.8%、女性56.2%です。男性全体では70歳代27.6%、80歳以上で35.5%と増加します。(65歳以上の占める割合は71.7%です。)女性全体では70歳代18.7%、80歳以上になると63.7%と3倍以上に増加します。(65歳以上の占める割合は86.1%です。)
申立の動機としては、預貯金等の管理・解約が31.1%、次いで身上保護が24.3%、介護保険契約14.3%、不動産の処分11.8%、相続手続き8.5%の順となっています。
成年後見人等と本人との関係については、親族が成年後見人等に選任されたものが全体の約18.1%(前年19.1%)。親族以外が成年後見人に選任されたものが全体の約81.9%(前年80.9%)となっており、専門職では司法書士が選任される割合が最も多いです。
このデータから見えてくるものは、親族が関与しない本人申立てや市区町村長申立てが増加傾向にあります。親族が成年後見人等となる割合は減少傾向にあり、親族以外の第三者が成年後見人等となる割合が増加しています。
成年後見人等は、ご本人の意向を尊重し、安定した生活を送ることができるよう、ご本人の身上に配慮する必要があり、また、財産を適切に管理する義務を負っています。専門職後見人として、本人の財産を守るために知っておきたい税金について学べる良い機会をいただきました。
「財産管理義務」に関わる税金について、国税局の調査員として40年間のキャリアをお持ちである立場から「本人に帰属する財産とは?」という観点で、7つの項目をピックアップしていただきました。
(1)不動産(借地権含む)については、先代名義の不動産の有無、遠隔地の不動産や名義不動産の把握。
(2)事業用資産については、事業で使用されていた資産(機械、備品、工具等、事業用車、売掛金、貸与金、借入金等)の把握。
(3)有価証券については、本人名義の取引口座、名義口座等(子供名義、孫名義等)、配当金受取人の把握。
(4)現金・預貯金については、タンス預金・自宅金庫の有無(現金の有無)、貸金庫利用の有無(口座利用料の引き落とし)、本人名義の預貯金の把握(勤務地・遠隔地)。また、通帳・印鑑・キャッシュカードの保管状況等、取引履歴から高額な入出金の有無の把握(化体財産の把握)や、取引履歴から家族名義預金の原資となっている出金がないかの確認(積立定期やローン、保険掛金等の原資等)。
(5)保険金については、保険契約書の確認・保管状況、保険掛金の出捐者の把握。生命保険や損害保険の保険金は、保険料の負担者や支払原因によって課税関係が異なります。
(6)その他の財産については、法人・個人への貸付金、車両、貴金属等、書画骨董等の把握。
(7)債務等については、銀行や法人・個人からの借入金や未払金等の把握。
税に関するQ&A
1 所得税は、10種類に区分された各種の所得金額を合計し総所得金額 を求め、これについて税額を計算して確定申告によりその税金を納める総合課税が原則です。
簡単に言うと、収入から経費を引いた残りが所得金額で、ここから控除額を差し引いた課税所得金額に税率(累進課税)を適用して計算します。
10種類の中に譲渡所得も含まれますが分離課税になっていて、例えば不動産を売却した場合は別の税率を掛けますが、申告書は1枚で提出することになります。
2 譲渡所得は、キャピタルゲイン(値上がり益)に課税するもので、赤字であれば譲渡所得税は発生しない(税金はかからない)のが原則です。
例えば不動産を5,000万円で売りましたが、7,000万円で購入したのであれば、利益はないので、譲渡取得税は発生しません。
「譲渡」には、売買のほか、交換、代物弁済、競売、収容なども含まれます。
居住用不動産とは生活の本拠地(ホームグランド)であり、成年被後見人等の「居住用不動産」の処分には家庭裁判所の許可を要する重要な拠点です。しかし、税務上はその判断については細かく規定されています。
居住用不動産を売却した場合の主な特例を挙げます
①マイホームを売却した場合の特例(3,000万円の特別控除(措法35条①))
②相続した空家を売却した場合の特例(3,000万円の特別控除(措法35条③))
③低未利用地等を売却した場合の特例(100万円の特別控除(措法35条の3))
上記の特例は、要件が具備されていないと受けることはできず、また、施設入所などで、住まなくなってから3年を経過すると特例の適用を受けられません。※ 詳しくは国税庁ホームページの特例チェックシートをご活用ください。
3 成年被後見人の特別障害者控除について
成年被後見人は、税務上(所得税法、相続税法等)特別障害者「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」です。特別障害者控除が受けられます。
4 確定申告(国税庁のホームページの活用)
納税地については、本人の住所地など、今まで本人が使っている場所を納税地にします。そして、本人に代わって直接所轄税務署とやり取りができるよう事前に「納税管理人の届出書」を提出します。
5 相続税について
(1)相続税対策として、相続人の増加、単純贈与、保険契約などがありますが、本人のためでない支出は認められず、相続人のためにすることが結果的に本人のためになるという論理は通用しません。
(2)事業承継税制については、本人が成年被後見人でないことが条件となっていることからこの特例は使えません。注意が必要です。
(3)小規模宅地の特例(特定居住用宅地等)については、被相続人(成年被後見人)が老人ホームの終身利用権を取得して入所したことにより、居住の用に供されなくなった家屋の敷地は、要件を満たせば相続開始直前において被相続人の居住の用に供されていた宅地として相続税の小規模宅地等の特例が適用されます。(相続税の申告書を提出することが条件ですが、80%の減税になります。)
6 遺産分割で換価分割・代償分割をする場合の遺産分割協議書作成上の注意点
(1)換価分割のメリット・デメリット
メリットは、公平な遺産分割が可能(現金で分けることで相続人間の争いが少ない)。代償金が不要。相続税の納税資金の確保ができることです。
デメリットは、生活拠点が失われること。売却価格が相場よりも低くなる可能性(売り急ぎ)がある。仲介手数料等の諸経費が必要。譲渡所得税が発生することにより遺産分割協議書に記載された割合に応じて各々が負担することになります。
(2)代償分割のメリット・デメリット
メリットは、相続税の節税(小規模宅地等の特例等の利用)が可能です。また、事業資産や農業用地、他社株などを細分化しなくて良いことです。
デメリットは、代償金(資金)が必要です。代償金の額が決まらない、支払われない等のトラブルの発生や、所得税が課せられるケースもあり得ます。遺産分割協議書への不記載等により贈与税が課されるケースもあり、注意が必要です。
住民税等に関する事項
相続や不動産売却により所得が増えた場合は、社会保険料や住民税等への影響があります。住民税等は毎年1月1日時点で住民票がある都道府県及び市区町村に対して納める税金で、住民税は定額で課税される「均等割」と前年の所得(収入)に応じて課税される「所得割」との2つで構成されています。
成年後見人として財産管理を行ううえで、「成年被後見人の特別障害者控除」の適用については、知っておくべき重要な事項であり、所得税及び相続税の申告を要する場面では、活用できるようにしておきたいです。また、司法書士の業務を行ううえで、ご依頼者の方から税金に関する質問を受けることも多いですが、国税庁のホームページ及び特例に関するチェックシートを有効に活用したいと思いました。
(講師:税理士 富樫 太 先生)
令和6年5月18日、天神クリスタルビルにおいてリーガルサポート福岡支部の総会前研修会が開催され、第2講では、元国税局職員で、現在はその豊富な経験を生かして東京税理士会所属の税理士としてご活躍されている富樫太先生を講師にお招きし、成年後見人等として業務を行う上で知っておきたい税金の話についてご講演いただきました。
初めに、最高裁判所事務局家庭局の調査による令和5年(1月~12月)の成年後見関係事件の概要についてのお話がありました。
成年後見関係事件(後見開始、保佐開始、補助開始及び任意後見監督人選任事件)の全国の申立件数は40,951件です。令和元年の35,959件から5年で5,000件近く増加しています。
申立人と成年被後見人(以下「本人」という。)との関係については、市区町村長申立てが全体の23.6%を占め、次いで本人22.2%、本人の子20.2%の順となっています。
開始原因の割合については、認知症が最も多く62.6%、知的障害9.9%、統合失調症8.8%となっています。
本人の男女別・年齢別割合でみると、男性43.8%、女性56.2%です。男性全体では70歳代27.6%、80歳以上で35.5%と増加します。(65歳以上の占める割合は71.7%です。)女性全体では70歳代18.7%、80歳以上になると63.7%と3倍以上に増加します。(65歳以上の占める割合は86.1%です。)
申立の動機としては、預貯金等の管理・解約が31.1%、次いで身上保護が24.3%、介護保険契約14.3%、不動産の処分11.8%、相続手続き8.5%の順となっています。
成年後見人等と本人との関係については、親族が成年後見人等に選任されたものが全体の約18.1%(前年19.1%)。親族以外が成年後見人に選任されたものが全体の約81.9%(前年80.9%)となっており、専門職では司法書士が選任される割合が最も多いです。
このデータから見えてくるものは、親族が関与しない本人申立てや市区町村長申立てが増加傾向にあります。親族が成年後見人等となる割合は減少傾向にあり、親族以外の第三者が成年後見人等となる割合が増加しています。
成年後見人等は、ご本人の意向を尊重し、安定した生活を送ることができるよう、ご本人の身上に配慮する必要があり、また、財産を適切に管理する義務を負っています。専門職後見人として、本人の財産を守るために知っておきたい税金について学べる良い機会をいただきました。
「財産管理義務」に関わる税金について、国税局の調査員として40年間のキャリアをお持ちである立場から「本人に帰属する財産とは?」という観点で、7つの項目をピックアップしていただきました。
(1)不動産(借地権含む)については、先代名義の不動産の有無、遠隔地の不動産や名義不動産の把握。
(2)事業用資産については、事業で使用されていた資産(機械、備品、工具等、事業用車、売掛金、貸与金、借入金等)の把握。
(3)有価証券については、本人名義の取引口座、名義口座等(子供名義、孫名義等)、配当金受取人の把握。
(4)現金・預貯金については、タンス預金・自宅金庫の有無(現金の有無)、貸金庫利用の有無(口座利用料の引き落とし)、本人名義の預貯金の把握(勤務地・遠隔地)。また、通帳・印鑑・キャッシュカードの保管状況等、取引履歴から高額な入出金の有無の把握(化体財産の把握)や、取引履歴から家族名義預金の原資となっている出金がないかの確認(積立定期やローン、保険掛金等の原資等)。
(5)保険金については、保険契約書の確認・保管状況、保険掛金の出捐者の把握。生命保険や損害保険の保険金は、保険料の負担者や支払原因によって課税関係が異なります。
(6)その他の財産については、法人・個人への貸付金、車両、貴金属等、書画骨董等の把握。
(7)債務等については、銀行や法人・個人からの借入金や未払金等の把握。
税に関するQ&A
1 所得税は、10種類に区分された各種の所得金額を合計し総所得金額 を求め、これについて税額を計算して確定申告によりその税金を納める総合課税が原則です。
簡単に言うと、収入から経費を引いた残りが所得金額で、ここから控除額を差し引いた課税所得金額に税率(累進課税)を適用して計算します。
10種類の中に譲渡所得も含まれますが分離課税になっていて、例えば不動産を売却した場合は別の税率を掛けますが、申告書は1枚で提出することになります。
2 譲渡所得は、キャピタルゲイン(値上がり益)に課税するもので、赤字であれば譲渡所得税は発生しない(税金はかからない)のが原則です。
例えば不動産を5,000万円で売りましたが、7,000万円で購入したのであれば、利益はないので、譲渡取得税は発生しません。
「譲渡」には、売買のほか、交換、代物弁済、競売、収容なども含まれます。
居住用不動産とは生活の本拠地(ホームグランド)であり、成年被後見人等の「居住用不動産」の処分には家庭裁判所の許可を要する重要な拠点です。しかし、税務上はその判断については細かく規定されています。
居住用不動産を売却した場合の主な特例を挙げます
①マイホームを売却した場合の特例(3,000万円の特別控除(措法35条①))
②相続した空家を売却した場合の特例(3,000万円の特別控除(措法35条③))
③低未利用地等を売却した場合の特例(100万円の特別控除(措法35条の3))
上記の特例は、要件が具備されていないと受けることはできず、また、施設入所などで、住まなくなってから3年を経過すると特例の適用を受けられません。※ 詳しくは国税庁ホームページの特例チェックシートをご活用ください。
3 成年被後見人の特別障害者控除について
成年被後見人は、税務上(所得税法、相続税法等)特別障害者「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」です。特別障害者控除が受けられます。
4 確定申告(国税庁のホームページの活用)
納税地については、本人の住所地など、今まで本人が使っている場所を納税地にします。そして、本人に代わって直接所轄税務署とやり取りができるよう事前に「納税管理人の届出書」を提出します。
5 相続税について
(1)相続税対策として、相続人の増加、単純贈与、保険契約などがありますが、本人のためでない支出は認められず、相続人のためにすることが結果的に本人のためになるという論理は通用しません。
(2)事業承継税制については、本人が成年被後見人でないことが条件となっていることからこの特例は使えません。注意が必要です。
(3)小規模宅地の特例(特定居住用宅地等)については、被相続人(成年被後見人)が老人ホームの終身利用権を取得して入所したことにより、居住の用に供されなくなった家屋の敷地は、要件を満たせば相続開始直前において被相続人の居住の用に供されていた宅地として相続税の小規模宅地等の特例が適用されます。(相続税の申告書を提出することが条件ですが、80%の減税になります。)
6 遺産分割で換価分割・代償分割をする場合の遺産分割協議書作成上の注意点
(1)換価分割のメリット・デメリット
メリットは、公平な遺産分割が可能(現金で分けることで相続人間の争いが少ない)。代償金が不要。相続税の納税資金の確保ができることです。
デメリットは、生活拠点が失われること。売却価格が相場よりも低くなる可能性(売り急ぎ)がある。仲介手数料等の諸経費が必要。譲渡所得税が発生することにより遺産分割協議書に記載された割合に応じて各々が負担することになります。
(2)代償分割のメリット・デメリット
メリットは、相続税の節税(小規模宅地等の特例等の利用)が可能です。また、事業資産や農業用地、他社株などを細分化しなくて良いことです。
デメリットは、代償金(資金)が必要です。代償金の額が決まらない、支払われない等のトラブルの発生や、所得税が課せられるケースもあり得ます。遺産分割協議書への不記載等により贈与税が課されるケースもあり、注意が必要です。
住民税等に関する事項
相続や不動産売却により所得が増えた場合は、社会保険料や住民税等への影響があります。住民税等は毎年1月1日時点で住民票がある都道府県及び市区町村に対して納める税金で、住民税は定額で課税される「均等割」と前年の所得(収入)に応じて課税される「所得割」との2つで構成されています。
成年後見人として財産管理を行ううえで、「成年被後見人の特別障害者控除」の適用については、知っておくべき重要な事項であり、所得税及び相続税の申告を要する場面では、活用できるようにしておきたいです。また、司法書士の業務を行ううえで、ご依頼者の方から税金に関する質問を受けることも多いですが、国税庁のホームページ及び特例に関するチェックシートを有効に活用したいと思いました。
(講師:税理士 富樫 太 先生)