政府は、本年5月17日に生活保護法の一部を改正する法律案(以下「改正法案」という。)を閣議決定した。今回の改正法案では、違法な「水際作戦」を合法化し扶養義務を事実上要件化するという、生存権を保障した憲法第25条の精神に反し、生活保護制度という最後のセーフティネットを事実上崩壊させる内容を含んでいる。
改正法案24条1項では、「要保護者の資産及び収入の状況」の他「厚生労働省令で定める事項」を記載した申請書を提出しなければならないとし、同条2項では、申請書に要否判定で必要な「厚生労働省令で定める書類を添付しなければならない」としている。しかし、現行法では、保護の申請は書面による要式行為までは求めておらず、また、保護の要否判定に必要な添付書類の提出も申請時に義務づけられてはいない。保護を利用したいという意思表示が福祉事務所に到達すれば、口頭による申請であっても保護申請は有効であるという裁判例も確立している。厚生労働省ではこれまでの運用を変更するものではないと説明しているが、このような改正法案が成立すれば、保護の申請要件のハードルがあがり、窓口での申請受付拒否を助長させることとなり、結果として市民の生活保護申請権の侵害に繋がることは明白である。とりわけ、改正法案が要求する書類を収集することが困難な路上生活者や虐待・DVから逃れた被害者は事実上排除される形になるであろう。
つぎに、扶養義務者の調査権限の強化である。扶養義務を履行していないと認定した扶養義務者に厚生労働省令で定める事項の通知を義務づけ(改正法案24条8項)、要保護者の扶養義務者その他の同居の親族等に報告を求めることが出来る旨(28条2項)、過去の生活保護利用者を含む要保護者と扶養義務者の収入や資産を官公署、金融機関、保険会社、雇い主等に調査出来る旨(29条)を規定している。現行法下においても、扶養が保護を受けるための要件であるかのような説明を受け、申請を断念することとなる事例が少なくなかったが、改正法案のように扶養義務を事実上要件化すれば、親族間の軋轢を恐れ、申請をためらう市民が増えるであろう。
今までも生活保護の窓口において、誤った解釈と運用により申請を断念した人は数多くいる。福岡県北九州市においては、以前三年連続で不当な生活保護行政運用に基づく餓死事件が発生した。これらの事件でも、扶養義務の強要等が被害者を追い込んだが、適正化されるべきは生活保護行政であるにもかかわらず、今回の改正法案はそれらの違法な「水際作戦」を合法化しようとしており、現行生活保護法の立法趣旨を大きく逸脱するような改正法案は断じて許すことが出来ない。
日本では、生活保護に対する偏見や行政の誤った運用によって、多くの利用者の自尊心は傷つけられ、貧困に苦しむ人たちの保護申請利用を遠ざけてきた。先日、国連の社会権規約委員会は、日本の第3回定期報告書に関する総括所見において「生活保護の申請手続を簡素化し、かつ申請者が尊厳をもって扱われることを確保するための措置をとるよう、締約国に対して求める。委員会はまた、生活保護につきまとうスティグマ(恥の烙印)を解消する目的で、締約国が住民の教育を行うように」と勧告した。社会保障制度である生活保護を利用するだけでスティグマにさらされる日本の現状は改善されるべきであり、ましてや、申請要件をこれ以上厳格化することは、国際的に見ても許されるものではない。
よって、当会は、改正法案の廃案を強く求める。
2013年(平成25年)5月29日
福岡県司法書士会
会 長 大 部 孝
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