「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案」 に関する意見書 |
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令和3年4月28日 福岡市中央区舞鶴三丁目2番23号 福岡県司法書士会 会 長 松 本 篤 |
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現在、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会で検討されている民事訴訟法制の見直しについて、福岡県司法書士会は、次のとおり、意見を述べる。 第1 はじめに 我々司法書士は、明治5年に制定された司法職務定制によって定められた代書人をルーツとし、以降、裁判所提出書類作成業務(現行司法書士法第3条第1項第4号)を通じ、代言人・弁護士とは異なる立場から国民の本人訴訟支援を行い、当事者に寄り添ってきた実績がある。また、平成14年に簡裁訴訟代理権が付与されて以降、簡易裁判所においては訴訟代理人としても国民の権利擁護に寄与しているところである。そこで、本会は、昨今の社会情勢に鑑み、本案の提案の全体像(裁判手続きのIT化そのもの)には概ね賛成しつつ、裁判手続きにおける代理人としてだけでなく、主体たる国民を支援する書類作成者という異なる側面をも持つ立場から、特に必要と思われる項目について、意見を述べる。 第2 「第1 総論」に関する意見 1 「1 インターネットを用いてする申立て等によらなければならない場合」について ≪意見の趣旨≫ (1)甲案に賛成する。ただし、丙案の内容を実現した後に段階的に乙案の、最終的に 甲案の内容の実現を目指すべきである。また、いずれの段階においても、当事者 及び訴訟代理人が一旦インターネットを用いてする申立て等をしたときも、 同一の事件のその後の手続きについて、なお電子情報処理組織を用いてする 申立て等と書面等による申立て等とを任意に選択することができることと すべきである。 (2)また、司法書士に裁判書類作成者として、裁判所に提出する電磁的記録を本人に 代わって送信するため等のIDを付与すべきである。 ≪意見の理由≫ (1)本案について 総務省が発表している、日本における個人のインターネットの普及率を見るに、 令和元年現在89.8%であり、ITが相当程度浸透しているといえる。また、 裁判所の事務手続きの負担軽減、諸外国の状況からも、将来的には甲案の内容の 実現を目指すべきである。 一方で、ITに不慣れな国民が一定程度存在することもまた事実であり、 急激な手続方法の変更によってこれら国民の司法アクセスが後退する恐れも あるため、手続方法の変更にあたっては、段階的に進めていくべきである。 また、当初は訴訟代理人により一旦インターネットを用いてする申立て等を したが、訴訟係属後に当該訴訟代理人が辞任するなどし、同一事件を当事者 本人が追行する必要が生じた場合に、この当事者がITに不慣れであることも 充分想定し得る。この場合、仮に、訴訟終了までインターネットを用いてする 手続きに拘束されるとなれば、当該当事者は本人による訴訟追行が非常に 困難な状況に置かれることとなるおそれがある。 よって、当事者及び訴訟代理人が一旦インターネットを用いてする申立て等を したときも、同一の事件のその後の手続きについて、なお電子情報処理組織を 用いてする申立て等と書面等による申立て等とを任意に選択することができる こととすべきである。 (2)司法書士へのID付与について ア IT化の意義 裁判手続きのIT化を検討するにあたっては、単に手続きの利便性、裁判の 迅速化・透明化を図るだけでなく、国民にとって手続きを利用し易くすることに こそその意義がある。将来的に甲案の実現を目指すためにも、訴訟代理人強制 主義を採らないわが国にとっては、本人訴訟を行おうとする当事者をいかに 支援するかが重要となる。 イ 司法統計及び司法書士業務におけるオンライン申請の普及 司法統計によると、令和元年度の地方裁判所の民事事件のうち、原告・被告 双方に訴訟代理人がついたケースは46.94%となっている。本制度施行後も、 代理人を選任せずに自らインターネットによる申立てを行いたいが、自身は ITに不慣れであるから、専門家に裁判所に提出する電磁的記録の作成及び 送信を依頼したいという国民の需要が一定数あることは容易に予想される。 前述したとおり、司法書士はこれまで裁判所提出書類作成業務を通じた 本人訴訟支援を行ってきた実績があるが、それのみならず、司法書士の 根幹業務たる登記分野についてはオンラインによる申請が普及しており、 司法書士が裁判手続きのIT化に対応するのは比較的容易であるので、 この需要の受け皿として司法書士が担う役割は大きいと考えられる。 ウ 韓国の状況 また、裁判手続きのIT化が進む韓国においては、既に司法書士と同じく 裁判所提出書類作成を業とする法務士に対してID・パスワードが付与され、 本人訴訟の支援を行っており、日本司法書士会連合会が、韓国の大法院から 大韓法務士協會を通じて提供を受けたデータによれば、2016年度から 2018年度の法律専門職が関与した電子訴訟事件のうち、法務士提出が 22%強を占めている。このことは、裁判手続きのIT化推進の点において、 法務士が一定の役割を果たしていることを裏付けており、わが国においても 司法書士に同様の役割が期待できる。 エ 小括 よって、裁判手続きのIT化にあたり、司法書士が、当事者に代わって、 当事者が提出する電磁的記録をインターネットを用いて裁判所に送信することが 可能となるような制度設計、すなわち裁判所提出書類作成者としての司法書士へ ID付与が必要というべきである。 2 「3 訴訟記録の電子化」について ≪意見の趣旨≫ (注2)について、当事者が提出した書面を電子化する作業の対価を手数料として徴収することに強く反対する。 ≪意見の理由≫ 1≪意見の理由≫(2)アで述べたとおり、民事裁判手続きのIT化については、国民のために行われるべきであり、訴訟記録を電子化することによって、IT手続きに対応できない当事者に特別な負担が課せられるような制度を採るべきではない。 第3 「第3 送達」に関する意見 「2 公示送達」について ≪意見の趣旨≫ 1 インターネットを用いた公示送達の導入に反対する。 2 仮にインターネットを用いた公示送達を導入する場合には、公示方法及び 公示内容につき、当事者のプライバシーに十分な配慮を求める。 ≪意見の理由≫ 1 現行法における公示送達の方法が有効に機能しておらず、課題が多い点については異論はない。 しかし、裁判所のウェブサイトに公示する方法によることで公示の実効性が確保できるかというと、そうとは言えない。結局、当該ウェブサイトを閲覧する者は、司法書士等の法律専門職や事業者たる債権者を除けば、ほとんどが現に裁判手続きを必要としている者に限られるのであって、真に送達を受けるべき者が公示された情報を見て送達を了知する可能性は、さほど上がらないと思われる。 確かに、どのインターネット端末からでも特段の制限なく容易に閲覧できる状態にしておくのであれば、裁判所の掲示場に掲示される方法より市民のアクセスは向上しうる。しかし、近時、官報に掲載された破産者等の個人情報を収集し発信するウェブサイトが出現するなど、当事者のプライバシーが不当に侵害される事件が生じている事実は無視できず、インターネットを用いた公示送達においても同様の事件が起こる可能性が排除できない以上、これら当事者のプライバシーを犠牲にしてまで、わずかな実効性の向上にかけることはすべきではない。また、実際に裁判手続きを必要とする者が、インターネット上で事件を公示されることを危惧して裁判手続きの利用自体を躊躇する可能性や、訴えられた者が、当該事実がインターネット上で明るみに出ることによって平穏な生活が阻害される可能性をも考慮すると、尚更インターネットを用いた公示送達の導入には賛成できない。 2 仮に電磁的方法の導入が必要不可欠であるのならば、裁判所のウェブサイトに、自己宛ての訴訟の有無を検索できるようなシステムを構築すればそれで十分であり、原告・被告共に、個人を特定できる情報の一部でもページ上に掲載することは控えるべきである。 それでも個人情報を掲示せざるを得ない場合には、各裁判所ごとのウェブサイトを作成するなどして掲示場所を細分化し、無関係の者が容易に情報取得できない形で公示を行うべきである。共通のURLから各裁判所ごとの公示を確認できるような仕様や、ましてや、同一のページに一覧として公示を行うような方法は、個人情報が不当に利用されることを避けるためにも、採るべきではない。そして、公示された情報の転載を禁止する旨も、ホームページに明示する必要がある。 第4 「第6 新たな訴訟手続」に関する意見 ≪意見の趣旨≫ (注5)について、甲案及び乙案のいずれにおいても訴訟代理人が選任されていることを必要とせず、いわゆる本人訴訟でも利用することができるとすることに賛成する。 ≪意見の理由≫ 1 裁判手続きのIT化は、第2・1≪意見の理由≫(2)アで述べたとおり、裁判の迅速化を図り、利便性を向上させるとともに、透明性を高めることが目的である。この理解に立つならば、仮にIT化との関係性が直接的とは言いにくい論点だとしても、審理期間の長期化を解消し、提訴前に審理期間を予測することが困難であることにより裁判制度の利用を躊躇することを防ぐため、今回、新たな訴訟手続きの導入を検討することには意味がある。 乙案は、審理の計画を法定することを概要としているが、法改正という手段をとらずとも現在の法律で対処をすることもできる側面を有する。また、相争っている当事者が共同で申立てられる事案が多いとは考えにくく、乙案では制度利用が限られると予想される。 ただし、当事者のイニシアティブによって訴訟の進行を決定すること自体は有意義であるため、甲案においても、可能な場合には乙案3の内容と同趣旨の制度設計をすることが望ましいし、被告が手続内容を十分に理解していないのに、言われるがままに通知アドレスの届出をし、新しい訴訟手続きの適用を受けるような事態がないよう、被告側への配慮も必要である。 2 仮に、新たな訴訟手続きを利用するにあたり、代理人が選任されていることが必要的との運用をすれば、これが選任されているか否かで手続き選択の幅に異同が生じ、実質的な訴訟代理人強制主義の導入となる。しかし、司法制度改革を経てもなお、依然として本人訴訟の割合が高いという現実を考慮するならば、わが国においては自ら訴訟追行することを望む国民が多いということがいえる。このような状況の中で、たとえ一部であっても訴訟代理人強制主義を導入することは、国民の裁判所へのアクセスを侵害することとなるのであって、「基本的人権として裁判請求権を認め、何人も裁判所に対し裁判を請求して司法権による権利、利益の救済を求めることができること」を要求する憲法第32条の趣旨に反するというべきである(最大決昭和35年7月6日参照)。 よって、甲案及び乙案において、代理人の選任を必要的とすべきではない。 第5 「第11 訴訟の終了」に関する意見 「2(3)新たな和解に代わる決定」について ≪意見の趣旨≫ 甲案に賛成する。ただし、本規定の新設により、簡易裁判所における民事訴訟法第275条の2に基づく和解に代わる決定のこれまで行われてきた適切な運用が損なわれることが無いように配慮を求める。 ≪意見の理由≫ 簡易裁判所においては、既に民事訴訟法第275条の2に基づく和解に代わる決定が制度化されているところ、今回、簡易裁判所のみならず、全ての裁判所において、あらたな要件を加えつつ、事件類型の制限をしない「新たな和解に代わる決定」が提案されている。 これは、従来、民事訴訟法第275条の2に基づく和解に代わる決定が利用できない案件において、民事調停法第20条第1項に基づき事件を調停に付した上で、同法第17条の調停に代わる決定(以下、「17条決定」という。)による紛争解決がされていたものを制度化する趣旨である。この付調停による17条決定の運用は、司法書士等の法律専門職からすれば実務上の運用として理解できるが、本人訴訟の当事者からすると、付調停による17条決定の運用は、民事訴訟法の手続きから外れ、いわば不意打ち的に民事調停法の制度の適用を受けることとなり、このような実務上の運用を容易に理解しえないため、新制度の導入により、このような実務運用が民事訴訟法として明文化されることは望ましいと言える。 なお、新制度は、「和解を試みたが和解が調わない場合」に利用される制度として提案されており、民事訴訟法第275条の2で定められる「被告が口頭弁論において原告の主張した事実を争わず、その他何らの防御の方法をも提出しない場合」とは前提条件が異なる。ただ、実務上、簡易裁判所において被告が答弁書を提出した後も和解に代わる決定が適切に運用されており、当事者の合理的事件解決に資する結果になっている。 以上を踏まえ、簡易裁判所における事件において新制度と民事訴訟法第275条の2で定められている旧制度の適用が競合するに至った場合、新制度の創設によっても、これまで旧制度下で行われてきた適切な運用が損なわれないよう、配慮を求める。 |
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以 上 |
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