ビレタンティからガンドルンへ

4月26日(水)
 早朝カウベルの音で目が覚める。カウベルの主は牛ではなく、ロバの一団である。昨日夕方も見かけたが、ここから上方のチョムロンの村まで生活物資を輸送している。私達の足では2日行程だが彼らは一日で往復する。

 ビレタンティの朝
ポーター達が集まってきた

朝食前に荷物の整理をしていると、もうポ−タ−達が集まってきた。彼らはヌルブの指示に従い整理ができた荷物を持って順次出発して行く。1人が担ぐ荷物は平均約40kg、1本の紐をリングにして荷物の底に回し、それを額にかけて担いで行く。 


ビレタンティのチェック・ポスト

 キャンプサイトからモディ・コ−ラに掛かる吊橋を渡るとチェツクポストがありヌルブがすばやく登山届を出した。モディ・コ−ラの右岸(川の流れを上流から見て右側)を上流へ、石垣に囲まれた畑地を進むと、1軒の農家があり庭の古木の上にこの地方でスナカリという名で呼ばれている黄色い着生ランが咲いていた。私達は自生のデンドロビウムをみるのは初めてなので感動して話が弾む。更に畑地を行き樹林帯に入り暫く行くと、背の高いダケカンバ林の切れ間から思いがけない高さにマチャプチャレ(6,993m)が姿を見せた。首が痛くなるような仰角に、白雪に蔽われた槍のような鋭い穂先を天空に聳えている。感動に思わず身震いするような美しさである。この山頂に立った人はまだいない。これからもこの山に登る人は出てこないだろう。山麓に住むグルン族の人々はこの二つに割れた山の頂きに女神が棲むと信じ、山そのものが聖域なので政府も登山許可を出してくれない。その神々しい姿を見ていると地元の人達のこの山に対する畏敬の念も理解できる。

 着生ラン、スナカリ

 シャウレ・バザ−ル(1,170m)の村で昼食を済ませ、両側が畑地となった石畳の道に沿って登る。道はここから登り一方で谷と分かれ山道に入る。道には丹念に石が敷き詰められている。今日の宿泊地まではこの村から2時間半の予定である。山腹をぐんぐん登ると急坂の登りは終わり、後は山腹を右へ捲きながら進むとガンドルン(1,940m)の村につき、村の入り口にテントを張った。キャンプ地の所有者であるバッディ(茶店)の女将さんは愛敬があり、良くみると政治家の田中真紀子さんに似ている。私達の間で彼女のニックネ−ムは真紀子さんに決まってしまった。

 頭で運ぶポーター
一本の紐でかつぐ

 テントに落ち着くと同時に雨が激しく降り出した。
 遅れていたヤンプ−も夕方には私達に追いついた。朝カトマンズを発ってポカラ、ナヤプル、ビレタンティを通り一日で追いついた訳だ。山の状態を聞くと今年は例年になく雪が多いと言った。数日来雨が多く、これが山では雪になっているということである。雪が多いと登山ル−トは雪崩の心配をしなければならない。


石畳の道をガンドルンへ

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