カトマンズからビレタンティへ

4月25日(火)
 早朝から荷物のパッキングをチェツクして出発を待つ。ヤンプ−は良いバスをチャ−タ−していますよと話していたが、現れたバスを見るとインド製のタ−タのバスである。インドで充分に活躍した後、この国に運ばれてきたようで、山道に入ると軋みに扉でも壊れそうな車体である。頼りなさそうな人夫が8人程居たが私達の荷物を手際良く積み込んでいた。ヤンプ−はどうしても手が離せない仕事が残っているので一日遅れでやってくるという。その間のポ−タ−の指揮は息子のヌルブ君とシェルパのプルパがとることになった。ヤンプ−は明26日ガンドルンで私達に追いつくと言って別れた。
 ネパ−ルはアジアの中で発展途上国に挙げられる。国王と国民の間の生活程度は乖離し、国民の中にも不満を唱える人達が現れて、一時なりを潜めていたマウイスト(毛沢東主義者)達が惷動し、各地で気勢を上げ、今年に入り治安が乱れ出したという報道があっていた。またマウイストに便乗した無法者も出て騒ぎを起こしている。私達が辿るル−トも一部がその危険地域に含まれているということを聞き心配した。

 出発を前にホテル・キドにて
 左から中島と藤井

 郊外のスタンドで燃料を補給し、若い男女のポ−タ−4名を乗せカトマンズから西のポカラへ伸びるプルティビ街道を走る。この道は主要幹線道路でネパ−ルでも最も交通量が多く又由緒ある道である。小王国が群立していた18世紀、ゴルカ地方に若くして即位したシャハ族のプリティビ王は軍事に秀でた人で、隣国インドが英国に支配される状況を見て自国を憂い国の統一に動いた。カ−リ−女神の守護を得たとされる王の軍は周辺の王国を次々に勢力下に治め、ポカラからこの道をカトマンズへ攻め上った。当時カトマンズ盆地には中世から続いていたマッラ王朝が、政権末期に在りがちな王位継承の正統をめぐって3人の王が対立していたが、新興の勢い盛んなゴルカに対抗することが出来ずカトマンズを退去した。この一代でネパ−ル全土を征圧したプリティビ王が現在のビレンドラ国王に続くシャハ王朝の開祖である。

 後列左三人がシェルパ
左からミンマ・テンパ、ナム・ギャル、プルパ・ドルチ
前列中央丸顔がヤンプー

 カトマンズ盆地を出てタコム峠を越え、峠を下りきると大きなトリスリ・コ−ラに沿って道は走る。コ−ラは流れも激しくラフティングで河下りを楽しむ人も散見できる。峠を下る途中にも気づいだが、谷川や目前の川原などにグル−プをなした人達がうずくまって何か仕事をしている。始めは何かわからなかったが同じ光景に何度も出合うと自然に理解できるようになった。この人達は川原の石を金槌や大きな石でさらに細かく割る作業をしているのであり、その小石が周囲にうずたかく積まれている。この砂利が幾らで売れるのか知らないが家族総出で砂利採石をして生計を立てている姿にこの国の生活実態の一部を見た気がした。産業の少ないこの国からは多くの国民が外国に出ている。4年前に私達とヤラ・ピ−クに登ったサ−ダ−のナワン・プルパは今アメリカに、2年前ナヤ・カンガに同行してポ−タ−を指揮したパサン・シェルパはアラビヤ半島のカタ−ルに職を求めて行っていると聞いた。自国に将来の生活設計が見出せない彼等は手っ取り早い現金収入を求めて外国に出るのである。


ナヤ・プールにて、荷物の整理

 街道沿いの大きな町、ムグリンの町外れのチェックポストを過ぎると流れの激しい支流が合流している。そのすぐ下流に大きな橋があり、橋を渡って今度はその支流を遡ることになった。ヌルブの方をふるりかえるとマルシャンディ・コ−ラと返事がかえってきた。色々質問するのでもうこちらの顔付で分かるようだ。ヌルブも父親ほどでないが日常会話であれば日本語が理解できるし訛りもない。英語のほうが得意だと言ったがそれはこちらが分からないので困る。やがてマルシャンディとも別れなおも西へ行き、カトマンズから6時間半、ネパ−ル第2の都会であるポカラ(約850m)に到着した。空には雲が多く、期待したマチャプチャレやアンナプルナの山群は見えない。ポカラでポ−タ−を10数人乗せバスはすぐ出発した。ここまでは休憩も多くゆっくり走って来たがポカラからはスピ−ドを上げて走り出した。狭い道でも前を行く車を追い越し、警笛を鳴らし速度をゆるめず強引に走りつづける。


ビレタンティへ

夕暮れが近くなるのを感じたのかも知れない。長い距離をもう少し時間配分すれば良いのにと思ったが、そこは国民性の違いなのか。終点のナヤプルで荷物をチェツクして直ちに歩き出す。ポ−タ−22名、コック4名、シェルパ4名と合わせ36名の集団となり小さなバザ−ルを幾つか通り過ぎ、モディ・コ−ラの左岸(川の流れを上流から見て左側)を渓流に沿って登り、ビレタンティ(1,050m)のキャンプサイトに着いた。
 夜になって雨が降り出した。


ナヤ・プールのバザール

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