雲   黒 い 雲

筑紫支部 水野 清   

 バブル経済がはじけて巷にはかつてのような景気のいい話が聞こえなくなった。当時は、日本一国の土地で、アメリカ全土が幾つも買えるほど土地は高騰し、それに連れ、一般庶民と言えるような人までも不動産や株式投機に手を出し、中には本業をおろそかにする者も少なからずいたのであった。

 田島幸一もその一人であった。彼は九州のある都市で飲食店を経営していた。その店は昼時ともなると近くのサラリーマンやOLたちがひっきりなしに押し寄せ、夜は居酒屋も兼ねていたのでそこそこの稼ぎをしていたのである。

 田島も又、当時、人の奨めで、彼自身も値上がりを期待して、地方のゴルフ会員権や、不動産をノンバンクから借金をして購入したのであった。ところが、それらのゴルフ会員権や、不動産は値上がりするどころか、逆に半値近くまで下がり続け、その傾向はとどまるところを知らないような様相を見せていた。

 悪いときは重なるもので本業の飲食店も近くに出来た小綺麗な大手レストランチェーン店に押されぎみで、売上げも毎月落ちこんでいた。商売が繁盛しているときはそうでもなかった月々のノンバンクヘの支払が彼に重くのしかかるようになった。

「早く処分しないと大変なことになるぞ」

 だが、それらゴルフ会員権や不動産の売却代金ではもはやノンバンクヘの借金の全額の支払には到底及ばないほどになっていた。

 田島はこれ以上の深手を恐れ、親から相続で受け継いだ自宅を担保に銀行より融資を受け、彼を苦しめたそれら不良資産を処分した。うまく行けばチョットした資産家になるつもりが、逆にすべてを処分してもまだ多大な借金だけが残ったのであった。しかし、それですべてがかたづいた訳ではなかった。片や銀行からの借金の重圧、一方では商売の落ちこみに半ば自棄をおこし、最近ではパチンコや競輪に呑めりこむようになった。仕事の意欲が薄れるにつれ益々商売がうまく行かなくなり、10年間つれ添った女房ともいさかいが絶えなかった。毎日のように喧嘩を繰り返していたが、ある日、遂に小学校一年生の娘を連れて彼女は家を出たのであった。

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