大田は、抹消書類を必ず持参するか、あるいは東西銀行の担当者を同道させるように強く言っておくべきだったと後悔した。

「先生、どうでしょうかね、東西銀行と、その谷口司法書士さんに先生から確認の電話を入れてもらっては?」

不動産業者の田中が言った。

 大田も今となっては残された方法は銀行と谷口司法書士に抹消の確認をするしかないと思い直し早速東西銀行に電話をかけ、担当者を呼び出してもらった。

「もしもし、私は司法書士の大田という者ですが、実はあなたにお尋ねしたいことがありまして電話しました。」

 大田は皆の前でもあり、落ち着いてはっきりした口調で電話を続けた。

「田島幸一さんのご自宅の抵当権抹消の件ですが、間違いなく債務は完済されたんですね?」

「はい、本日全額お支払い頂きました。」

「それでは抹消の登記書類はどうされました?」

「それでしたら谷口先生のとこでやってもらってますけど」

担当者の如何にも当然といった調子に、大田は一瞬怪訝な気持ちがよぎったが、

「そうですか、わかりました。ありがとうございました。」

大田は礼を言って電話を切った。

 

コピー機

 

「間違いないようですね、念のために司法書士の谷口さんにも確認してみましょう」と云うと今度は谷口司法書士事務所にダイヤルを回した。

「はい、谷口事務所です。」

若い女性事務員の声である。

「私、司法書士の大田といいますが、先生いらっしゃいますか」

「はい、少々お待ち下さい」

保留中の電話日から〃エリーゼのために〃が繰返し流れてくる。

 2〜3分も待っただろうか、

「はい、お待たせしました。谷口ですが」

線の太い声であった。その声の外にワープロのプリンターが忙しなく動く音が間こえてくる。

 谷口の事務所は幾つもの銀行と付き合いがあり、仕事はひっきりなしにあったのである。

「お忙しいところ申し訳ありません。私、司法書士の大田と申しますが、実は田島幸一さんの抵当権抹消の件で先生にお尋ねしたくて電話したんですけど…」

「あっ、それだったら東西銀行の抵当権抹消ですね」

「はいそうです。」

「確かに今朝受託しましたが、今作成中ですので昼からは法務局に提出出来ると思いますよ。」

 谷口司法書士は今朝の取引のときに、田島幸一から、他の物件を担保に別の銀行から融資を受ける予定である旨、それには東西銀行の債務の完済が条件になっている旨を告げられ、この抵当権抹消の件で、大田司法書士より確認の電話があるかも知れないが、その時は抹消手続きをした旨答えてくれるよう頼まれていたのである。

 大田は、同職の答えに間違いない心証を抱き、礼を言って電話を切った。

 抹消書類はこの場にないが、東西銀行、谷口司法書士への確認の結果問題ないと確信した大田は、買主の木村たちに向かって取引OKの宣言をした。

 すると、その声を待っていたように、県南信用金庫の担当者は大事に抱えていたボストンバッグの中から現金の束を一つづつ掴み出し、その束を買主の木村に差し出した。

 6000万円近い現金が買主から売主へ渡されこの取引は終了した。

「しかし、司法書士というのは権威があるんですね」

大田の事務所を出るとすぐに買主の木村が不動産業者の生野に向かって話しかけた。

「それはそうですよ。何と云ったって難しい国家試験をパスして、国家からお墨付きを貰っているんですからね。」

 木村は大田司法書士の一声で、信用金庫も、不動産業者も素直に何の懸念もなく従ったことや、6000万近い大金が右から左にスンナリと動いたことを振り返っていた。なおも感心していると、

「何時も取引はこうなんですよ。これでうまく行っているんですよ。あと、一週間もすれば木村さんとこにピッカピカの権利書が届きますから楽しみに待ってていいですよ。」

そう云うと生野は自分の車に木村を乗せ去っていった。

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