その頃谷口の事務所では、ワープロとパソコンのプリンターがひっきりなしに音をたてている。 田島の取引が終わった後、二つの銀行から急ぎの仕事の依頼があったのである。

「その田島さんの取引の書類は別に問題もないし、急がないから、こっちの銀行の仕事を先にかたづけてくれ。」

谷口は事務員に命じ、自身も他の銀行の仕事に取りかかった。

 彼にとって銀行の仕事は失ってはならない大事なものであった。

 

 一方今日の取引の申請書類を作り上げた大田司法書士は、2時チョット過ぎにそれら申請書を提出するために、自ら法務局へ向け事務所を出たのであった。

 法務局は、彼の事務所から車で約20分くらいの処にあった。

 いつもは事務員に行かせるところであったが、今日は途中のゴルフショップに寄って、前から欲しかったHメーカーの「アイアンセット」を買おうと思ったからである。そのことを考えると車を運転していても、心なしかハンドルが軽くなるような気分になるのであった。

 

郵便物

 

 その法務局には1日3回郵便物が配達される。午前10時から10時半、午後1時から1時半、午後3時半から4時くらいの間の3回である。この配達物の中には通常の郵便物と何じように裁判所からの書類も郵送されるのである。

 本日3回目の配達分として郵便局ではこの地区の郵便物を担当の配達員に集積させている。

 法務局宛のものは通常の郵便物の他に、今日は裁判所からのが2通混じっている。その中の1通はクレジット会社から申し立てられた、田島幸一の自宅に対しての仮差押の嘱託書であった。云うまでもなく登記は先に受け付けられた方が勝つのである。今までは、夏特有のまっ白い積乱雲が恰も季節の主人公であるかのごとく、遠くの山間に散見されるだけで、それ以外は、一片の雲さえないまっ青に晴れ渡った空であったが、にわかに、黒い雲の一団が辺り一面を覆いつくすように南の方から迫りつつあった。これからの事件を暗示するように…。

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